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2012年9月 8日 (土)

今読むべき本(1) 児玉龍彦

2011年3月の大震災と福島原発事故から、1年半が過ぎた。

この夏は福島の様子を見に行こうと思いながら、猛暑で、体力に

自信がなく、過ぎてしまった。

 今の時点で、原発被害の問題は何かと、単純化して、わかりやすくいえば、

次の三点であるといおう。

 ①直接的外部被曝が落ち着いた(福島の限定された当該地域をのぞく)現在においては、それはよいとして、広範囲にわたる、微量放射線物質の体内被曝(内部被曝、食品や飲料からの被爆)にどう対処するか。その将来にわたる被害と、防御策はどうすればよいのか。(これは本来、データと専門家をもち、その役割が課せられている、国が明確にすべきことだ!)

 ②福島第一原発の後処理に当たっている、労働者の被爆の実態を明らかにし、日本人全体のものとして、どう考えるのか。(もろろん彼らは、被爆によりDNAを切断されることを知っているはず。しかし、後処理に必須な人間である以上、すべての日本人と無関係でない。結婚などにおける、「差別」が生じるのは、ある意味で必然である。これも、本来、国が対処すべきことである。)しかも、これが今後福島だけでも十年以上は続くのである。のべ、何人の人員が投入されるか、その人たちの、後遺症、差別、遺伝子の障害は、日本全体に広がるのである。

③国の態度と、マスコミの態度について

 福島の重大事故を受け、原子力規制委員会が、いわゆる「原子力むら」から独立して、つくられた。その趣旨はよい。しかし、不可思議なことに、その規制委員会の委員が、原子力むらの人間になるという、馬鹿げた人事案が作られ、国会承認を受けるまでになっいた。しかるに、あの野田は、付則を楯にとり、国会の承認をうけずに、「任命」という暴挙にでた。委員長の田中は、5年の任期、かなり「独立的に」、国会のコントロール(国民からのコントロール)をうけずに、規制委員会委員長に居座り続けるという、法治国家にあるまじき、事態になっている。 100mSvまでは、許容範囲という、例の問題発言で、さすがに、猛反発と議論を、かもした、張本人が、特権的な委員長に、国民の信をうけずに、いったい何をやるのか。(状況は明確である)。そして、あと1年も野田が、総理大臣?に居座り続ける、という悪夢も想定内になるのか!

 必然的に、不思議に思うのは、マスメディアは、なぜ、このことを第一に取り上げないのか?? ということだ。このマスコミの態度に、No!といおう。以上の、重大な問題を、真っ先に、とりあげるマスコミ(ミニコミ)を評価し、応援と支援をしなければいけない。現在の事実を知り、将来にわたって、責任ある態度を大人がとらなくて、どうして、日本の未来があるのか。それは、マスコミの仕事でもあるはずだ。

私も、この1年半、沈黙してしまったが、60歳をすぎ、この国で、恩を受けて、教育を受けて、その立場であれば、多くの皆様に、恩返しをしなければ申し訳ない。(まわりを見渡すと、知識人の多くは、無関係を装って、身の安泰を図っている。恥ずかしことだ。)

 放射線と人体への影響について、勉強を始めた。なかなか、いろいろな意見や、事柄があって、理解が進まない。それでも、ゼロから、始めて、みなさまに、勉強の「成果」をわかりやすく、書き出したい。

 

 まずは、児玉龍彦氏だ。 内部被曝の真実(満身の怒りとこめた、国会答弁の記録)

 幻冬舎新書 から読みだそう。インターネットでも、氏の、満身の怒りを込めたメッセージ

が国会で、述べられて、その動画も見られるが、整理して、書かれた、この本が、まず、

理解の糸口になる。

 新書なので、手軽に買える。みなさんも、入手していただけるとよいとおもいます。

                                   FujiT

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